明日があるさ 〜田川家の人々編































四姉妹のお話って、独特のロマンをかきたてられるものがありますよね。


若草物語』しかり、『細雪』しかり。

ハードなところでは、『阿修羅のごとく』という名作もありましたか。


この物語は、亡父の七回忌で鎌倉の実家に集まった、田川家の四姉妹の、
ひと夜の出来事を描いています。





気の強い長女に泣き虫の次女、トラブルメーカーの三女にいつもおミソの四女。


たおやかにおっとりと、季節の風に送られながら、
生い育ったこの家のむすめたちも、今や30代に40代。


それぞれの人生を抱えるようになりました。





きょうだいというものは不思議なものですね。


田川家の4人も、集まればやはり少女の頃に戻ってしまうのだけれど、
大人の姉妹たちが、そうそう他愛もないところでいられるわけもなく…


軽い諍いが、この家の思わぬ秘密を暴きだしていくことになります。





伊東由美子の作風は、ファンタスティックなスケールの大きさが特色とされていますが、
この『明日があるさ』は、リアルタイムのお茶の間一場のみで繰りひろげられる、
正統派の心理劇です。


伊東作品としてはもとより、離風霊船としてもかなり異色なホンと言えましょう。


1998年に、中目黒ウッディシアターの杮落としで上演されましたが、
実験劇場「りぶれかぶれ」としての作品でしたので、
これをご覧いただいている方は、希少な存在かもしれません。





今、久しぶりに手にとってみても、四姉妹の人物と心の機微がよく描かれていて、
読み物としてもとても面白く出来ているホンだと、あらためて思います。


伊東の台詞には、読むと思わず口にしてみたくなる、実感の美しさがあるのです。


個人的には、リブレセンの芝居の中でもベスト5入りする、非常に好きな作品です。





が、その話をするたびに、伊東の表情はあまり芳しくなくなるのです。


彼女の中では鬼っこ作品とでもなっているのか…わかりませんけれどね。


しかし私は、女優4人が四つに組む大人の芝居という意味で、
離風霊船の『楽屋』と位置づけてもよい作品だと思っています。





私が思うに、どうも伊東のテーマのひとつには「老い」があるように感じられます。


気持ちはあの頃のまま変わらず、むしろ充実は年ふるごとに満ちていくのに、
自分が知っている自分と、他人が知っている自分は、かけ離れていく…。


変わらぬもの、失ったもの、失いつつあるもの、
変えたくないもの。


そんなせめぎあいの中に、伊東は人間のスペクタクルを感じているのかもしれません。





この作品では、その視点をひとひねりさせて、
「父と母」という、子どもから見たまとまった単位が突然転変する瞬間が、
物語のひとつの山場として描かれています。


全員がもう若くはない、ミドルエイジの娘たちなればこそ、
理屈では識(し)っていながら見ぬふりをしてきたことがらと直面したとき、
単純な答えを当てはめることはできず…


四姉妹それぞれの人生の綾もまた、そこから浮かびあがってくるのです。





いかにもホームドラマといった趣きが勝ちそうな印象ですが、
面白いもので、映像ではこのホンの味わいは出せないと思うのです。


窓から覗き見しているような、あるいは5人目のきょうだいとしてそこにいるような、
俯瞰ではいられない何かは、生身の姉妹たちが目の前にいるからこそ生まれるもので。


食卓の上の小さな出来事が、人の世を流れる大河のような時間につながっていることを、
客席は肌で知る。





「演劇的なるもの」を削ぎ落としてはじめて生み出し得る演劇の世界を、
実はとてもよく実現している戯曲作品だと思います。


伊東さんにとっての実験とは、その辺りへの挑戦もあったように理解しているのですが、
岸田國士の劇作に通底する作品だということも、私は感じています。





人は、特に女性は、好きな相手を自分と同化させて考える傾向があるのだそうです。
同じ価値観を共有しているものだと、無意識が信じさせているのだと。


それが家族である場合、違いに気づいたショックは思う以上に大きいのかもしれません。


親子といえど、きょうだいといえど、皆一人の個人だと解ってはいても。


他人なら、そこでサヨナラしてしまうこともできるけれど、家族はそうはいかない。
それが厄介で、それがうつくしいのかもしれませんね。





終演後に、残り香のようにただようえもいえぬ余韻は、
そのままこの作品のタイトルへと、見た人の心を引き込んでいきます。


そう、明日があるさ


さもない日々の裏側に眠っていた事実に気づいてのち、
人は変わっていくのでしょうか…


あるいは変わらぬことを選んで、日々をまた、歩いて行くのでしょうか…





上演時には、私は次女役を演じました。


だいすきな大好きな、愛しい役です。

この役を当て書きしてもらえた喜びは、今もずっと心の中で生きています。


ぜひの再演を、また同じ役でと願っているのですが、
そのときには、伊東さん本人に長女役を演ってほしいと、ひそかに切望しています。







日影においておくのは惜しすぎる、離風霊船の隠れた名作です。










著者:
若草物語』 ルイザ・メイ・オルコット
細雪』 谷崎潤一郎
阿修羅のごとく』 向田邦子
『楽屋』 清水邦夫







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